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トロン:レガシー感想

公開直後にトロン:レガシー』を観てきました。dpost.jpポッドキャストでも酒の肴に話しましたが感想を残しておきます。

注意:ネタバレを含みます

あらすじ

突如失踪したカリスマエンジニアのケヴィン・フリン。失踪から20年後、彼の息子サムは父の残した秘密のコンピュータルームを見つけ、コンピュータの中の世界"グリッド"に転送される。そこで目の当たりにしたのはプログラム達が統治する完全な世界...、そのトップにいるのは若い姿のままの父フリンだった。

ファースト・インプレッション

グラフィックいい!音楽いい!でもストーリーはムムム、というのが正直なところ。特にグラフィックはどハマリしてたくさん楽しい要素があっただけに「もったいない!」と思いました。

こうなってれば!

ISO・クオラの扱い

完全を求める世界で意図せず誕生したバグ?的な不完全な存在であるクオラは、完全な世界を求めるCLUへのカウンターとして絡んでほしかった。ただ守られる存在だと、いらない子っぽい。また、CLUがISOを駆逐する理由を「完全性への執着」だけだと少し弱いのでもう少し理由付けがあってもいいかなぁと。ISOは外部のネットワークからきた、グリッドの維持を脅かす存在、など。

ケヴィン・フリンの役目

彼は空間にキーボードを出したり、プログラムを書き変えたり、超能力っぽいパワーを持っていた。彼がいるだけで空気が変わる、みたいなやりとりも管理者ユーザなのかそんな描写がほしい。でも強いなら逃げ回る必要なくなるのでなぜ限定して発揮してたかの説明も。CLUにはない「プログラムを0から書く能力」も使わないのはもったいない食材。

あと禅...。「座禅組んでる場合じゃねー」とサムが言うのももっともと思います。あとで回収されないですし(何を待っていたのかの理由、なんだろうUNIX時間・年号問題のような桁溢れのタイミングで完璧なシステムに楔が!とか)。正直オリエンタルな感じを入れたかっただけなんじゃと思ってしまいました(食事などと合わせて先人へのオマージュなのかと思うものの)。

キャスターとジェム

キャスターの狂人っぽく小物っぽいところ、ジェムのあんなのやこんなのとかもっと活躍観たかったなぁ

トロンの役目

トロンは旧作からの登場でユーザのためのプログラムという位置付けなのだけどももっとこう...。配色の色分けなんかもクールなだけな気も。ユーザにもっとわかりやすく回収させられるんんじゃないかしら。

だがちょっと待ってほしい!映画は何を観るものか。

まあストーリーについていろいろ書いてるんですが、こうして理詰めでやっていって本当に面白いストーリーができるのか、というとイコールではないのもわかってます。

様々な映画のなかでも特にディズニーとピクサーのスタッフのインタビューやコメンタリーに耳を傾けると口を揃えるのが「重要なのはストーリーだ」「1にストーリー、2にストーリー、3にストーリー」とストーリーが一番大切であると言いいます。

私も「もっともだ」と最近まで思っていたんですが少し変わってきています。ピクサー映画は惚れ惚れするようなストーリーです。テーマに合致し伏線が回収され有無を言わせない感じが美しいのですが、介入の余地がないというかきれいすぎるというか「それはそれ」感が少しあるなぁと思うようになってきています。特に思うのが「彼らは本当にそう思って行動したのか?脚本のリクエストに従って動いたんではないか?」という瞬間がたまにあります。"すべての登場人物に役目があり、作品のテーマのいくつかの部分を引き受けている。無駄なものは登場するなんてありえない。"そんなクリンナップされた脚本が本当にいいのか、というのを考えてます。数人の人物だけで完結して筋に絡まない人がまったくいないというのは逆に不自然というか...、あそびがなさ過ぎるというか。作品の元に製作者の規定した意味にそって人が動く感がちょっとあります。でも観る側もそうして観ちゃうんですよね。「この人はどんな人なんだろう、どう考えて動くんだろう」って。

映画は総合芸術で、その中でも観客を引っ張る代表的なものがストーリーというのは同意なのですが、ストーリーがメインでない映画というのもあるんじゃないかなぁと。「ストーリー意味分かんないけど超カッコいい!」的なものもありなんじゃないか、とか。でもそこまでもいけなかったからこうしてムムムとなっているのでやっぱストーリーはもっとうまくできたのかなぁ。

また、製作陣は"あの『トロン』をいま作ってる"という意識が大きかったんじゃないかなぁ。それをハリウッド大作映画として『アバター』『タイタニック』みたいな立ち位置にいつの間にか立たされていたように見えたのでちょっと可哀相だなぁと感じます。

いろいろ言ってますが、こんなこと考えて、アイコンをこんなにするくらい『トロン:レガシー』は好きな作品です(笑)。

トロン公開記念アイコン

2Dと3Dの使い方もワンアイデアっぽいところもありますが、最初にやったというのは意義があっていろんな作品で同様の試みがされた時には「トロン:レガシーでやってたよね」と言われるでしょう。

『ファンタジア』が時を経て新しいファンタジアが作られる構想だったように、『トロン』も発展するコンピュータとグラフィックの時代性を反映して、未来にまた次のトロンが作られたらとても意義のあるシリーズとして遺産を伝えていけそうです。ロン・ミラーさんも喜んでくれるかも。

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